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優勝旗は誰の手に

 東校、西校、南校。これらの初等学校では、年に一回、卒業の時期に三校合同でバトル大会が開かれる。

 といっても、トレーナー未満の生徒たちのポケモンバトル。

 ジム巡りの前の、ちょっとした力試しだ。覚えたての”わざ”をくり出すのも大仕事。ポケモンと息なんてもちろん合わなくて、それでも、敗北さえも微笑ましい思い出となるような……

「カイオーガ、“なみのり”!」

 メタグロスは たおれた!

「カイオーガ、“ふぶき”!」

 ガブリアスは たおれた!

「カイオーガ、“なみのり”!」

 エースバーンは たおれた!

「優勝はタイヨウ&カイオーガ!」

 優勝者には優勝旗が授与……

 ………………

 …………

 ……されなかった。

「優勝は取り消しだ!」
 西の教師がダンッ! と会議室の机を叩く。
「まだ会議を始める前ですよ」
 議長を務める、南の校長が言った。
 西の教師がゴトゴト……と椅子を引いて席に座った。他の参加者も席についた。

 長机を四つ、四角形に配置。
 東。三位の生徒の担任と、PTA代表。
 西。準優勝の生徒の担任と、ポケモンバトル指導の外部顧問。
 南。優勝した生徒の担任と、養護教諭。
 北。議長。

 カン、と議長が木槌を叩いた。
「では、今回のバトル大会の順位決定について、会議を開始します」

「優勝は取り消しだ!」
 西の教師がダンッ! と会議室の机を叩く。
 東のPTA代表が顔をしかめた。
「繰り上げ優勝のかかった西さんは気合いが入ってますね」
 と東の教師が皮肉げに口端をつり上げる。
「三位の東は他人事だねぇ~」
 西の教師が言い返す。
 西のバトル顧問はおかしそうに東西の教師対決を見ている。
 今回優勝した南の学校の教師が、おずおずと手を挙げた。
「その、取り消しは……やりすぎでは……」
「そもそもカイオーガってどういうことだよ? 伝説のポケモンだろ?」
 西のバトル顧問が口を出した。
「まだ旅に出る前の子供ですよ。何かズルをしたんじゃ? どうやって捕まえたんです?」
 東のPTA代表も口を挟んだ。

「そういや、マスターボールに入ってたな」
「マスターボール!?」
 バトル顧問の言葉に、PTA代表が素っ頓狂な声を上げる。
「そんなもの、どうやって手に入れたんですか!? 犯罪ではないんですか? どこかから盗」
 カンカンと木槌が叩かれた。
 議長は発言権を南の教師に渡した。
 南の教師はガサガサゴソ……と紙束をめくる。
「えっと……その、マスターボールは商店街のIDくじで当たった、と」
「当たった」
「はい」
「で……夏休みに海に行ったときに捕まえた……そうで」
 カイオーガの生息地について、誰も知らないのでこれ以上掘り下げられることはなかった。
「くじかぁ」
 西の教師がため息と共に言葉を吐き出した。
 くじかぁ、と弛緩した空気が漂い始めた、その時だった。

「しかしねぇ!」
 鎮火しかけた話題にPTA代表がまた火を点けた。
「くじって、ギャンブルじゃないですか!」
「は?」教師たちとバトル顧問の声がそろった。
「ですからねぇ!」とPTA代表はいきり立つ。
「くじって、ギャンブルですよ! 子供のときから、そんな、ギャンブルにハマることを、あなた方容認するんですか!?」
「はぁ」
「ギャンブルで当てたマスターボールで強いポケモンを捕まえて、そのポケモンで勝とうなんて、これはそういう大会なんですか!?」
「はぁ」
 教師たちは、なんだかすごく勢いがいいので、PTA代表が正しいのかな、と思い始めた。
「だから、今回の優勝も取り消し、ですよ」
 尻すぼみになりながら、PTA代表は結論をまとめた。

「ポケモンを捕まえるのに適したボールを使うな、って?」
 バトル顧問が意気揚々と反旗を翻した。
「おかしいなぁ。我々は捕まえる状況に応じて適切なボールを使用しましょう、って指導してるんだけど。
 東さんもそうだよね、スーパーボールやハイパーボール使ってる子いるし。
 でもそうすると、親御さんに買ってもらったハイパーボールはOKで、くじで当てたマスターボールはダメというのは、ちょっとよく分からないなぁ」
 バトル顧問はどっかりと椅子にもたれ、PTA代表はおし黙った。
 カン、と控えめな木槌の音がした。
「それでは、カイオーガの入手経路には問題がないということで」

「しかし、カイオーガ自体も問題ない、とは言い難いでしょう」
 東の教師がぐるりと会議室の皆を見回した。
 会議室の全員が東の教師の発言を待つ。それを満足そうに眺めて、東の教師はろくろを回すポーズをとった。
「どう思いますか、皆さん?
 この地域の初等学校では、この一年、卒業のバトル大会に向けてがんばってきた子供たちがいるわけです。それを、運も実力の内とは言いますけれども、南校の生徒さんは、強いポケモンにたまたま会って、マスターボールもたまたま持ってて、まあ運も実力の内と言いますけれどもね、一年がんばってきた子供たちの努力の方はどうなるのか。
 旅に出たら、大人です。大人として扱われます。そしたら結果が全てです。だからね、我々としては、生徒である内は、学校で子供である内は、努力、経過、そういったものをちゃんと重んじて、“がんばれば報われるよ”と、そういう世界観を伝えたい。学校主体で開催するバトル大会は、努力が報われるものであって、たまたま手に入れた強いポケモンが無双する大会ではない。
 ここにいる方は関わり方は違えど、皆、子供の教育に携わり、子供の健やかな成長を願う方たちです。であれば、結論も自ずと見えてくるのではないでしょうか」
 拍手が起こった。東のPTA代表が熱烈に拍手をしており、それにつられて西と南の人もパン……パン……と気のない拍手をしていた。東の教師は満足げに「ご清聴ありがとうございました」と言った。
「それでは」
 議論は終わったと言いたげに、東の教師は議長を見た。
 議長は木槌をふり上げた。

「ちょっと待て東さん」
 そこに西の教師が待ったをかけた。
「異議を認めます」
 議長が議長らしいことを言った。
 西の教師が長机に体を乗り出す。
「努力、経過、東さんそう言うけどね、あなたとこのガブリアスやメタグロスは、何?」
「生徒たちの努力の結果です」
 東の教師は堂々と胸を張った。
 西の教師はますます身を乗り出した。
「フカマルやダンバルが初心者用のポケモンリストにいるか? そのへん歩いてんのか?」
「別の地方にですが、野生のフカマルもダンバルもいますよ。親御さんと旅行した際に捕獲してきたんでしょう」
「それは夏休みにカイオーガ捕まえるのと、どう違うの?」
 東の教師が言葉に詰まった。そこを逃さず、西の教師は追撃を入れた。
「旅行先でたまたま強いガブリアスやメタグロスの進化前捕まえるのがOKなら、夏休みにたまたまカイオーガ捕まえるのもありでしょ」
「でもガブリアスとメタグロスまで進化させているじゃないですか。それは、努力の結果でしょう」
「へぇ、東さんは無進化ポケモン持ってる子は努力してない、と」
「そんなことは言ってないでしょう」
「じゃあ何? 自分とこの生徒がガブリアスやメタグロス使うのはいいけど他所の生徒がカイオーガ使うのはダメです、って自分に都合よすぎでしょ」
「西さんとこだってエースバーン使ってる子いるじゃないですか」
「それはヒバニーからがんばって進化させた努力の結果。ヒバニーは初心者用リストにいるポケモン」
「ガブリアスやメタグロスまで育てるのって手間がかかるんですよ。それは都合よく無視して、自分とこの生徒がエースバーンまで進化させてるのは努力の結果ですか」
「そりゃ生徒みんながフカマルとダンバル捕まえに行けるなら努力の結果ですね、ってなるわ。違うでしょ、スタートラインが。全員は旅行に行かないでしょ」
「知りませんよそんなことまで。そんなに生徒の機会均等が気にかかるなら、バトル専任の外部顧問は解雇してその分のお金を修学旅行代にでも当てたらいかがですか」
「は?」
 矛先の向いたバトル顧問が勢いよく前のめった。
 カンカンカン、と議長は木槌を激しく叩いた。
「今はその議論ではありません。学校経営については、各々の学校に持ち帰って検討してください」

 東西の教師は不満げな顔で、互いに引き下がった。西のバトル顧問も引き下がった。
「それで」
 バトル顧問が、今度は椅子にもたれながら言った。
「どうすんの? 旅行先で捕まえたポケモンは失格?」
「こっちはそれでもいいけど」
 と西の教師。
「旅行に行けた生徒から機会を奪うのは違うでしょう」
 と東の教師が西の教師を睨みながら答えた。
「それに、二回進化するほど、きちんと育てているのです」
「だから、それ言ったら、そもそも進化しないポケモン持ってる子はどうなんの? ってさっき話したでしょ」
 バトル顧問が呆れ顔で東の教師を見やった。
 PTA代表がスッ、と手を挙げた。皆一瞬、ギョッとした。
「どうぞ」
 議長がPTA代表に発言権を与えた。
 PTA代表が答えた。
「その、きちんと育てていることが分かる指標があれば良いのでは」
「そうだね。なかよし度チェックアプリを使えば分かるね」
 PTA代表の発言に、バトル顧問が補足した。
 東の教師が胸を張った。
「うちはICT教育の一環でそのアプリを使いましたよ。もちろん、ガブリアスもメタグロスもなかよし度最大でしたが」
 西の教師は機嫌よく笑った。
「うちの生徒はスマホロトムを使いこなしてなかよし度をチェックしてたねぇ。もちろん、エースバーンのなかよし度は最大だけど」
 カン、と議長は快い木槌の音を鳴らした。
「客観的にチェックできるアプリがあるなら、それを使用しましょう。南の先生は持ち帰り次第、カイオーガのなかよし度をチェックアプリで確認すること」
「ちょっと、待ってください……」
 バサバサガサガサ……と、またも南の教師の手元で紙束をめくる音がした。
「えっと……既になかよし度チェックアプリで確認してます」
「結果は?」
「最高値……です……」

 しばし、会議室の誰もが喋らない時間となった。
 ペットボトルの蓋を開け閉めする音、お茶を飲む音だけが、しばし会議室に響いた。
 カン、と力ない木槌の音がした。
「では、会議を再開しましょう」
 と議長が言った。

 この時、議長は疲れていた。議長だけでなく、熱心に議論していた面々も、疲れていた。疲れていたので、早く会議を終えたかった。卒業式前なので、他にも色々、やることが山積みだった。
 しかし、そもそもがカイオーガの優勝に疑義を唱えて始まった会議なので、カイオーガ優勝のまま会議を終えたら、“会議した意味なかったじゃん”感に苛まれることも必至だった。このクソ忙しい時期に、そんな徒労感を味わいたくなかった。

「やっぱり、カイオーガはちょっとダメですよ」
 と東の教師が言った。
「エースバーンといっしょにどう戦うか考えてた子が、何もできずにハイ終わり、っていうのもねぇ」
 と西のバトル顧問も言った。
「海に伝説のポケモンを探しに行ける子ばかりでもないし」
 と西の教師も言った。
「マスターボールもたまたま手に入ったものですし」
 と東のPTA代表も言った。
「ではやっぱり、今回の優勝はなかったことで」
 カン、と議長が木槌を鳴らした、その時。

 これまで発言しなかった南の養護教諭が手を挙げた。
「それでは、タイヨウさんが機会を活かし、ポケモンを大事に育て、実戦でも通用するバトルを行った。その努力は認められないんですか?」
 シン、と会議室が静まり返った。
 東の教師、PTA代表、西の教師、バトル顧問、南の教師、議長。全員の視線が養護教諭に集中する。
 その目が語っていた。余計なこと言うな、と。

「いや、もう、会議終わったし。今回は優勝取り消しで」
 解散、と議長が唱えて、会議室の面々も帰る準備を始めた。
「優勝旗どうします?」
「授与するヒマあるかなぁ」
「ないねぇ」
「ま、西に置いときますか」
 養護教諭は小さな声で吐き捨てた。
「捨てちまえそんな旗」


 その後。
 旅に出たタイヨウとカイオーガは、すぐに海を越えてどこか別の地方へ出ていった。
 そして、どこかの地方でチャンピオンになって、優勝旗を授与された。

 バトル大会の方は、生徒たちの機会均等が守られないとか色々、レギュレーションが定まらなくて、その次の年から中止になった。
 それから数年後、大掃除のときに優勝旗も廃棄された。
 その顛末は養護教諭から、ポケモンリーグの連絡窓口を使ってカイオーガのトレーナーに伝えられたが、返事はないままである。

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