機種変
ピンクゴールドの薄型ボディ。
ダサくないから入ってやるか。
モーターの駆動音。体がOSに馴染むのを待つ。マイク機能がONになる。
「ホントにロトムが入った!」
子供のはしゃぐ声。
カメラを起動する。
大人と子供の真ん中くらいの大きさの女の子の笑顔が、どアップになる。
「はじめて自分で選んだスマホなんだ」
女の子はモエカと自己紹介した。
「よろしくね、スマホロトム!」
モエカはスマホに入ったボクと目を合わせて、ニコーッと笑った。
ボクはOSに搭載された補助機能を使って、笑顔を返した。
せっかく選んだピンクゴールドは、スマホカバーでさっそく見えなくなっていた。バカみたい。ボクは思った。
でもいいや。ロトム入りスマホの寿命は二年。たった二年の付き合いだもん。
さあて、どんなイタズラしようかな。
〜
「ロトム、明日は六時半に起こして! 絶対!」
「ロトムあんた、起こしてって言ったじゃん!」
『寝てたロト〜』
〜
「ロトム、経路検索!」
「ロトムあんたこれ、電車、逆方向じゃないの!?」
『そうだロト〜』
〜
「ロトム、メッセにはいって返事しといて!」
「いいえって返事してる! サイアク!」
『たのし〜ロト〜』
〜
イタズラ好き。
スマホに入っても、ロトムの気性は抑えられない。
ボクはとっても楽しいけど、怒ったモエカに二年経たずに追い出されるだろな、と思ってた。
のに。
「ロトム、明日は私、六時半に起きるけど……ロトムは寝てていいよ?」
『ボクだってそのくらい起きられるロト! キミより早起きして叩き起こしてやるロト!』
「大丈夫、ランドマークは調べてきたから。ロトムの案内なしでも平気」
『そこの角の店にキミの好きなどら焼き売ってるロト! 本当に案内いらないロトか〜?』
「勝手に返信しちゃった? いいよ、後で訂正メッセ送っとくから」
『訂正メッセくらいボクだって送れるロト!』
気づいたら、いいようにあしらわれていた。
でも悪い気はしなくて、そのまま二年が過ぎて。
三年。
『なんでスマホ開けてるロト?』
「通信プラン変えたからSIMカード変えるの。これからは自分でスマホ代払わなきゃだし」
四年。
『わざわざ新しいスマホカバー買ったロト? せっかくのボディが見えないロト』
「見えないところがピンクゴールドなのがいいの!」
五年。
「ロトムあんた、勝手にブロックしたでしょ!」
『だってあいつ、キミを泣かしたロト!』
「……もー。ロトム検索! 美味しいどら焼き!」
寿命は二年くらいだなんて、ウソじゃん、って思った。
ボクとモエカなら寿命なんて縛りを越えて、十年、二十年、これから先ずっといっしょにこれから先ず先からからからズットズットッショコレカラコレカラコレカラララララ
「寿命ですね」
機種変の時が来た。
モエカが次に選んだのは、型落ち品のカラバリがブラックとシルバーしかないやつだった。
「ロトム」
入ってみた。
違うな、って思った。
「ロトム?」
モエカが咎めるように、スマホから出たボクを見る。
だって、それは、違うじゃん。
どうせカバーで隠れるからって、安っぽいブラックかシルバーを選ぶのは。
キミはカバーで隠れたって、ピンクゴールドを選ぶ人だったのに。
「ロトム? ほら、新しいスマホに入って。ね?」
モエカが困ったように笑った。ドキッとした。キミはいつの間に大きくなったのだろう。あの日の屈託のない笑顔じゃない、オトナの笑み。
そこにいるのは。
安いスマホを上手に買って、通信料の安いプランを自分で選べる、オトナのキミ。
『こんな安っぽいのには、安っぽいロトムでも入れとけばいいロト!』
一瞬スマホを乗っ取ってそれだけ吐き出して、ボクは町へ飛び出した。
モエカの方は見なかった。
〜
『自由だ自由だ! もう語尾にロトを付けなくていいもんね!』
町に出たボクは、フラフラ、していた。
実はボクはバトルが強い。
昼は“ほうでん”で鳥ポケを一網打尽。
夜は“シャドーボール”で霊ポケを鎧袖一触。
こんな四字熟語も、スマホ時代に覚えたんだっけな。
……おっと。
『そーいやしばらくイタズラしてなかったな!』
キョロキョロと辺りを見回す。お、いい所にテレビがある。
『チャンネルを恋愛ドラマから……ホラー映画にポチッとな!』
慌ててチャンネルを戻そうとしてリモコンを落っことし、あたふたする人間。
『あー、面白かった!』
別のお家にお邪魔します。これは洗濯機の駆動音。
『そーれ! ブシャーッ!』
扉を全開。アワアワの水が溢れ出して、慌てる人間。
『面白いなぁ!』
暴走する芝刈機。
『楽しいなぁ!』
風力がマックス越えて、吹っ飛ぶ扇風機。
『可笑しいなぁ!』
中身を吐き出す冷蔵庫。中身が消し炭になるまで温める電子レンジ。
『愉快だなぁ! ケッサクだなぁ!』
慌てふためき右往左往する人間たちを眺める。
ボクはロトムだから、イタズラ好きな性質だから、これは面白いはずなんだ。とっても愉快で、お腹があったら抱えて笑うはずなんだ。
なのに。
“違う”
って、思った。
ボクは、夜空を飛んだ。
〜
先に入ってたロトムを追い出した。
『やっぱり安物は居心地がイマイチだロト!』
開口一番、そう叫んでやった。
モエカが目を丸くして、ポカンと口を開けている。
「え、ロトム……あんたなの?」
シュインシュインと、OSが体に馴染むのを待ってから、ボクは胸を張った。
『せいぜい二年かそこらだし、そのくらいならこの安スマホに居てやってもいいロトよ?』
せいいっぱい、偉そうに言ってみると。
「これからもよろしくね、スマホロトム」
モエカは、ニコーッを抑えきれない笑顔で、笑った。
つられて、ボクもニコーッと笑った。
『これからもよろしくロト!』
ベッドに二人、並んで天井を見上げる。
「あんたがスマホにこだわりあるとは知らなかった」
ごめんね、と小さく呟く。
「でもそれ、前のピンクゴールドのより性能いいのよ。スマート家電のリモコン機能もあるし」
『でもボディがダサいロト~』
「次、機種変する時はカッコいいやつにしたげる」
『そうするロト』
「偉そう」
ふと二人の間に落ちた静寂に、モエカが「そろそろ寝よっか」と声を挟む。
「ロトム、ライト消して」
光量最大。
「あんたってやつは!」
部屋の中をぐるぐる逃げ回って、捕まって、笑って。
「ははーん、さては新機能の使い方が分からなかったな!?」
『そんなことないロト! 新機能の一つや二つや百個くらいちょちょいのちょいで使いこなせるロト〜! 部屋を暗くしてついでに眠れる環境音も流しちゃうロト!』
川の音を背景に、ボクたちはゲラゲラ笑った。笑い終わってベッドに潜ってから、BGMがトイレの音みたいだと言ってもう一度大笑いした。
大笑いしながら、これから何度機種変したってモエカとずっといっしょにいるんだと、ボクはそう信じた。
ブルーシルバーのカッコいいスマホの時も。
「ロトム。私、プロポーズされちゃった。どうしよう」
『結婚の際に必要な手続きをまとめたロト!』
「助かるけど〜」
性能はいいけど色は普通のスマホの時も。
「ロトム、家事の間子供見てて!」
『おまかせロト! オムツも注文したロト!』
「ありがと! ……ブランドどれにした?」
『え』
なんでか真っ赤なスマホの時も。
「……ばか、ばか」
『……』
「これからどうすればいいと思う、ロトム?」
『離婚調停に強いと評判の弁護士をリストアップしといたロト』
「あはは……助かるわ」
あの時と少し違う色合いのピンクゴールドのスマホの時も。
「ロトム、なんか動画再生して」
『おまかせロト』
「子供が独り立ちでめでたいけど、やっぱり寂しいねえ……こらロトム、急にホラーチャンネルにするのやめて。音量上げるな。こらー!」
次のスマホの時も、その次も、そのまた次も――
↓
↓
↓
「これが最後の機種変になりそうね」
モエカはスマホをごとっと置いた。
『え?』
人間 寿命[検索]
『なんでロト? また二年したら買い替えるロト』
「ロトム」
モエカは――出会った頃からずいぶん変わって、しわくちゃのおばあちゃんになったモエカは、ゆったり諭すようにボクを見た。
「もうね、私、スマホの寿命くらい生きるか分からないのよ」
人間 死ぬ 理由[検索]
なんて言っていいか分からなかった。
今のスマホのOSは、出会ったあの頃から飛躍的に進歩したのに、それでもぜんぜん、分からなかった。
ぜんぜん分からなくて、ボクは新しい方のスマホをモエカの前に置いた。
人間 寿命 伸ばす[検索]
『これ、新しいスマホロト。ボクは古い方でまだ大丈夫だから、モエカがこっちを使うロト』
「ロトム」
モエカは困ったように笑った。そして、聞き分けのない子供に言い聞かせるみたいに、言った。
「私はね、スマホロトムでいうと、ロトムの方がもうダメなのよ」
だから、こっちはあなたが使ってね、と新しいスマホをボクに差し出した。
人間 長生き 方法[検索]
分かってるつもりだった。不定のボクらと違って、人間に明確な寿命があることは。検索すれば分かるから。
でもボクは機種変するたびに、この先の二年と、二年後の機種変があるんだと、無邪気に思いこんでた。
人間 死なない 方法[検索]
『なんで』
人間 死ぬ 嫌[検索]
『どうして』
死ぬ 嫌だ いなくならないで[検索]
『たくさんイタズラのアイデアがあるんだロト。キミの体調が良くなったらやろうと思ってたロト。いくつか見せるロト。そうだ、孫の顔を見に行くのはどうロト? 階段のいらないルートもボクがばっちり調べるし、必要ならタクシーも呼ぶロト。美味しいどら焼きのお取り寄せもいいロトね。他に……』
「ロトム」
モエカが、ボクを撫でた。ボクの入ってるスマホの表面を。
「ごめんね」
いなくならないで[検索]
『いなくならないで』
スマホの画面が涙の波打つエフェクトで見えなくなった。
『いなくならないでよぉ』
「ロトム」
語尾の“ロト”も忘れて泣き喚くボクを、モエカはスマホごと抱き寄せた。
『イタズラがダメだったのならもうしないから。もう勝手におやつの通販しないから。だから、だから、もっといっしょにいてよぉ』
「できないのよ」
モエカはそう答えた。
ボクはどうしょうもなく、わんわん泣いた。
どれだけ形を変えても変わらなかったものが、消える。
〜
ピンクゴールドの薄型ボディ。カバーは付けないのがボクのお気に入り。だいぶんハゲてきちゃったけど。もう五年は使ってるから。
モエカの声。モエカの顔。モエカが指先で綴った文章。このスマホにはたくさん記録されている。
何度も何度も再生した。
何度も何度も再生して、記録が変わらないことを、モエカの時が止まったことを知った。
検索して知っていたことを、ボクはようやく“知った”。
そしていつしか、このスマホの時も止まる。
もうじき、その時が来る。
野生のボクに機種変の手段はない。
ボクはスマホロトムから、ただのロトムに戻る。
そしたらボクは、街中の家電という家電に入ってイタズラする。慌てふためく人たちを見て、声を上げて笑って――
でももう、スマホには入らない。