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渡りに船
 ホウエン地方のはじまりの町、ミシロタウンからちょいと北に行くとコトキタウン、そこからさらにちょいと北に行くと103番道路。そこからさらにちょいと東に行って南へ下ると、市場や博物館で有名なカイナシティへ行けるのだけれど、そうするには波乗りを使って川を渡らなきゃならない。
 そう、僕の目の前にある、この川だ。深さも幅もそんなになくて、でも、手持ちに波乗りを覚えているポケモンを持っていない僕には渡れない川。
 やっぱり定期船で海の方をぐるっと回るしかないよね。そう思ってコトキタウンに戻ろうとした僕の目の前に、船が現れた。これぞほんとの渡りに船。

 船頭さんは僕より小さくて、長くて大きい櫂を扱えるのが不思議なくらい。大きなすげ笠をかぶっていて、そのせいで目元が暗くて、のぞきこんでも目元が黒に見える。黒の中に見える目は、まん丸くりくりとして愛らしい。船も船頭さんみたいに小さくて、船らしくない、お皿のような丸い形。
「もし、そこな旅のお方。向こう岸に渡りまするか」
 船頭さんの声は、見かけ通りの高くて愛らしい声。
「ありがとう。お駄賃はいくらかな」
「乗ってくれるのがうれしいので、お駄賃はいただきません」
「しかしそれでは僕の気がすまない。なにか欲しいものはないか」
「ありがとう。ではそのオレンの実をいただきましょう。はいもらった。ではお船にどうぞ」
「そうかい、ではお言葉に甘えて」
 丸い船の真ん中によいしょと飛び乗って、さあ出発。小さな船頭さんが櫂をついと動かして、船が川の真ん中に進み始めた。小さな船はすいすい進む。

 ……と。
「あれあれ、あれれ」
 丸いお皿のような船が、どんどん沈んでいくではないか。よく見ればそれは、泥の船。浮かぶ道理がありゃしない。
 慌てて川に飛び込んで、もといた岸へ水かき犬かき、キャモメに頭を突かれて、コイキングに追い立てられて、ほうほうの体で行き着いて、地面へ上がって息をついた。
 その同じ岸で、ジグザグマがぶるぶるっと体を震わせた。川にでも入ったのか、たくさん滴が飛び散った。
 あっ、と僕は声を出した。
 小さな小さな豆狸、オレンの実を咥えた口を愉快そうにくいっと曲げて、草むらの中に姿を消した。
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