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家〜ポケモン世界にありそな正月
「あ〜……またやっちまった」
 便利機能満載のガジェットの液晶には緑色の「0:00」。
 まただ。またやってしまった。相棒の子供の小判猫が、不思議そうに男と液晶を見ている。
 時間の上には小さな「1/1」。
 明けましておめでとう。
 明けましたおめでとう。
 今年も道端で年を越しました。

 あっちゃー、と頭を掻きながら男は夜食を片付ける。
 今年こそ帰ろうと思っていたのに、もう来年になっちまった。

 片付けに勤しむ男を見ながら、小判猫が欠伸をしている。



 初の日の出はとっくに昇り、早起きな人はお節を食べ終え、これから初詣に行こうかという時間帯。
 ひとりの女性が肩と頬で電話を挟みながら、掃除機をかけている。
「そうよ。トレーナーって帰って来ないし。だから今年はお節も作ってなくて」
 電話の相手は隣の家に住む女性。彼女たちの息子が同い年だったため、自然と仲良くなった。今でもこうして連絡を取り合っている。

 女性は、いいわよねえ進学組は、と呟きながら、掃除機をかける。掃除機のモーター音で彼女の呟きは聞こえない。
「あら、じゃあ、そっちにお邪魔してもいい? 今から準備するわ。ええ、化粧だけ」
 それから、今話題になってる映画見に行きましょうよ、と約束して、彼女は電話機を置く。
 掃除機の電源を切り、コンセントを抜くと、彼女はドレッサーの前へ向かい、数十分後には念入りな化粧を済ませて家を出た。



 男は家に着くと、気恥ずかしい心地で玄関のチャイムを鳴らす。
 しかし、いつまで経っても誰も出てこない。
「……あれ?」
 男は何度かチャイムを鳴らしていたが、諦めて塀を乗り越えると、玄関のドアを開けて「ただいま」と言った。しかしやはり応答はない。
「初詣かなあ」
 困ったように男は頭を掻いていたが、それも短時間で終わらせ、男はひとつ頷いて赤白のボールを五つ取り出し、その中身を庭へと放つ。
「好きに遊んでてくれ。お前も遊んでていいぞ」
 気ままに庭の中へ散っていった四匹を見送り、勝手が分からないのか、男を見上げて止まっている異国産の紫猫に念押しの言葉をかける。
「お前も」と言って頭に張り付いていた小判猫を庭に下ろすと、「二匹で遊んどけ」と言って男は家の中に入る。
「家の外には出るなよ」
 ドアを閉める間際にそう言って、男は扉をきっちり閉めた。
 そしてフラフラと自分の部屋まで行くと、そのままベッドに倒れ込んで、寝息を立て始めた。



 紫猫は突然見覚えの無い場所に連れて来られて戸惑っていた。故郷を出てずっと男に連れられて来たが、こんな所ははじめてだ。
 とりあえず、好きに遊んでていいと言われたので、辺りを探検してみる。
 狭い長方形の“庭”の一辺に、真四角な植え込みがあって、余計に庭が狭くなっている。それは鬱陶しいので、植え込みを自慢の爪で引き裂いて、庭を広くしてやる。でも、途中で飽きた。
 ズタボロになった植え込みの隙間から、塀の割れ目が見えた。鋼土竜かなんか、ぶつかったのだろうか。とにかく灰色の壁が割れていて、ヒビが広がっていた。
 潜り込んで割れ目を引っ掻くと、爪の動きに従って灰色の塀は細かな塵になって崩れていく。
 面白いのでしばらくやっていた。その内穴が広がったので、向こうはどうなっているかなと頭を突っ込んでみる。

 上から、紫猫を咎める声がした。
 慌てて首を引っこ抜き、見上げてみれば塀の上に小判猫。家の外に出ちゃいけないって言われたろ、とでかい態度で述べてくる。
 普段からあの小判猫は、ボールに入るのが嫌だとか言って外に出て男とベタベタしていて気に入らなかったので、頭を塀の穴に突っ込んだ。小判猫の怒った声が聞こえる。

 いい気味だ、と思っていたら、お尻を引っ掻かれて吃驚した。
 頭を引っこ抜いて爪を振ったが、小判猫はヒラリとかわし、距離を取って小判を投げる技に転じた。
 許せん。紫猫はこちらも生まれた時から覚えている小判の投擲で対抗する。
 いつの間にやら、庭は小判が飛び交う事態となっていた。



「ただいま」と女性が帰って来る。
 女性は掃除機を片付けようと部屋のドアを開け、そして素っ頓狂な声を上げた。
 その声に驚いて、寝ぼけ眼の男がベッドの上で半身を起こして女性を見ていた。

「帰ってたの!?」
 驚いて立ち竦む女性に、男は寝起きの顔で笑顔を作る。
「ただいま、っていうか……明けましておめでとう、お母さん」



「お節、今年に限って作ってないのよ〜。近所のスーパーでお節弁当買ってくるから、それで我慢してね」
 申し訳なさそうにもう一度外出した母の背中を見送ってから、男は自分のポケモンたちを探した。
 すっかり寝入ってしまった。きっと彼らもお腹をすかせているだろう。
 玄関の横の方へ回り込むと、ズタボロになった植え込みと、金色に光る小判の山と、その中に倒れ込む二匹の子猫が見えた。
 相棒のペルシアンが面倒臭そうに、小判猫と紫猫を小判の山から引き抜いた。



 母親は目出度い、と言って喜んでいた。
 息子の方は植え込みが気になって、剪定鋏を持って庭に出た。
 家から母親が顔を出す。
「小判、どうしよっか?」
「いいよ、貰っといて」
「あらどうしよう。この年でお年玉もらっちゃった」
 年甲斐もなくはしゃいで、母親は家の中に引っ込んだ。
 レベルの低い子猫のしたことだから、集めても大した額にはならないが。
 そう思っていると、母親がもう一度顔を出して「勿体ないから飾っとくわ」と言って引っ込んだ。
 彼は母親の位置からは見えない苦笑いで答える。
 今のが初笑いかなあ、と呟いて、剪定鋏を植え込みに入れた。



「どうせなら今年の干支にすればよかったのに」
 首を傾げてそう述べた母親の隣で、男は呑気そうに植え込みを指差す。
「いいじゃん。猫年ってないし、どの年でも使えるよ」
 指の先には、猫の形に刈り込まれた植え込み、に見えるかもしれない植え込み。
「あの端のがペルシアン? その隣がチョロネコ? 尻尾はどうしたの?」
「省略」
 男がそう答えると、母親はなにやら楽しそうに笑い出した。



 三が日が終わると、男は小判猫と紫猫を小脇に抱えて、さっさと旅に出てしまった。
 また寂しくなった部屋の中で、母親は額縁に入れた小判を眺めながら、息子の部屋に入る。
 いつも掃除は欠かさないが、やはり人が使うと埃っぽさが無くなる。
 グチャグチャになったシーツの上に腰を下ろした。
 今は使っていないはずの机の上が整理されていた。よく見てみると、机の真ん中に葉書が二枚置いてあった。

「不出来な息子ですんません。お節弁当おいしかったです。今年はちゃんと年内に帰りますんで、よろしく」

 女性が使った年賀状の余りに、慣れないペンで書かれた文字が躍っている。もう一枚は隣家の息子宛だった。
 エプロンのポケットに年賀状を入れて、女性はドレッサーに向かう。
 隣の家に年賀状を渡しに行こう。猫の植え込みを眺めながら、彼女は「今年はいい年になりそう」と呟いた。
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