フワンテ
初心忘るべからず。
テトは本日より、フワンテを触る機会を得た。
毎年この季節になると風に乗って渡ってくるところに、フワンテという種族は人好きするので触り放題という、テトにとっては垂涎の状況である。
しかしテトには節度がある。礼儀正しくバトルを挑んで、乗ってきた一匹をゲットして、その一匹を心ゆくまでぺたぺた触るのである。
「ぼくばっかりフワンテを触ってちゃ、他の人に悪いですから」
テトがそう気遣うと、「そこを気にするのはテトだけだ」と友人知人とそれから兄たちにツッコまれた。
そんなことより、フワンテだ。
「よろしく、フワンテ」
「ぷーわー」
挨拶もそこそこに、紫色の風船の姿をしたポケモンは、ふわふわ、テトにすり寄ってくる。さすが、フワンテの中でも特にスキンシップ好きな個体を選んだだけある。テトは成長した自分の眼力を心の中で自画自賛した。ここまで来るのに、数多の失敗があったのだ。
「ぷー」
フワンテの頬をそっと押さえる。風船のような外見通りの、ツルツルしたゴムの感覚。つついたら、割れそうだ。
割らないように気をつけながら、マッサージのように頬をぐりぐりする。人懐こいフワンテはぷぅぷぅ笑う。
頬から口周りへ、手を動かした。フワンテの口周りを彩る黄色のばってん模様は、布みたいな手触りだった。さながら、風船の穴を塞ぐ布テープ。布テープの真ん中からパカっと開いた口にポケモンフーズを入れながら、フワンテの頭のてっぺんを撫でる。雲みたいな頭の飾りは、触ったのに触ってないような、だまし絵みたいな感じがした。手をつっこむと、するりと抜ける。それが面白くて手を抜き差ししていると、フワンテがくすぐったそうに身を震わせた。調子に乗って、フワンテをぎゅっと抱きしめる。
すると、フワンテが光った。
テトはその場から全速力で走って逃げた。光った、ってその光り方はアニメで見る「進化の光〜」みたいな和やかなものじゃなくて、もっと鬼気迫る感じの、はかいこうせんの溜めの光に限りなく似ている!
テトは走った。実際に走ったのは十メートルそこらだったが、気分は百メートル世界新だった。背中側から、圧縮した熱を感じた。テトはスライディングした。そして頭をかばった。まぶたの上を明滅が過ぎていく。
ひとしきり熱風が通り過ぎた後で、テトはゆっくりと立ち上がった。そして、元いた場所に戻る。紫風船のフワンテは、空気が抜けた様子でぺしゃりと地面に貼り付いていた。
特性・誘爆。バトルでひんしになった時に爆発する特性だが、フワンテ、よっぽど驚いたらしい。
触る相手の特性にも気を付けるべしとは、旅の最初で学んだはずなのに。
「ごめんね、フワンテ」
地面に張り付いたフワンテを剥がして、持ち上げる。ゴムみたいな手触りは、劣化したゴムみたいにポロポロになっていた。
「ぷぅわぁ」
謝るテトに、フワンテは気丈に笑って見せた。
この子は仲良くしてくれそうだ。ううん、仲良くするんだ。テトはそう誓って、フワンテをそっと抱き寄せた。