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しがない物書きとアラハバキ
 私はしがない物書きだ。どのくらいしがないかって言うと、カーテン開けるとカゲボウズがぞろーっ。冷蔵庫は電源抜いてるからただの箱。中に入ってるサイコソーダは炭酸が抜けてただの砂糖水。ってかいつのだよ、これ。

 その位しがないんで、ネタが浮かばない時は近所の公園へ散歩に行く。ってか普通に家の中より外の方が涼しいしな。「おーいアム行くよー」と声掛けしてモンスターボールを一個手荷物に外へ。いやあモンボって便利だね。この中に入れとけばポケモンお腹すいたりしないからね。その分エサ代とか浮くしね。便利便利。

「かがくのちからってすげー」と呟きながら近所の公園に到着。公園のベンチに座ってからアムを外に出す。理由は分かるな? 分かるな、そういうことだ。
 久しぶり(ほんとに久しぶり)に外に出たアムは、嬉しそうに尻尾をふりふり、隅にある砂場へと一直線に駆けていった。あーかわいー。長い耳とか大きい尻尾とか、けもけもしてて尚且つもふもふしてるとことかまじかわいー。襟巻きもふもふできるし肉球ぷにぷにできるし、三十センチと手頃な大きさで六キロ半って抱くのにはちょっと重たいが愛があればそんなことは気にならない。呼べば振り向き、つぶらな瞳でこちらを見る。破壊力ばつぐんのメロメロ。ついでにアムはこの種族では珍しい女の子。性別で見た目が変わる種族じゃないけど、女の子だと思って見るとまたかわいいんだこれが。

 目の保養がてらアムを眺めた後は、(ずっと目の保養してたいなあ……あ、カゲボウズ)イッツシンキングタイム。小説のネターネターと念じつつ目を閉じる。ネタ。ネタ降ってこないかなあ。
 しかしネタどころかネタのネの字すら、このところ大絶賛晴天中の空からの雨粒よろしく、私の頭からは降り出してこない。ええいいつから絞りっかすになったんだよこの頭は。振っても投げても何も出てこねえ。
「おーい、ネタ降ってこーい」
 困った時の神頼み。私は天を仰いでネタを所望した。完全不審者だけど気にしない。だってこの公園他に人いないし。主に私の所為だけどなっ!


 ひゅーっ、どごーん。

 ありがちな音を立てて、ネタが降ってきた。いやネタというかこれは、
「アラハバキ?」
「ネンドールと言え、ネンドールと」
 降ってきたネタ……自称ネンドールは、離れた手をばしゅっばしゅっと何もない空間に向けて打ったり戻したりしながら、私に抗弁した。目がなんかやたらめったらいっぱいあるが、その半分はめんどくさそうに閉じられている。じゃあそんなにいらんだろ、目。
「いやだってどっからどう見てもアラハバキじゃん。似てるよ激似だよあんた」
「ネンドールと言え、ネンドールと。他のゲームのキャラ持ってくんな」
「別にいいじゃん別に。ところでそのゲームってめ」
「あああああああああ」
「……がみてんせいのこと?」
「伏字の意味がなかった」
「別にいいじゃん」
「まずくね?」
「伝承が元ネタって言えばいいよ」
 私がそう主張するとアラハバキはふうっとため息を付いた。見るからに土偶です、という感じのフォルム。その割には足が短い気がするけどさ。ところでどうやって息してるんだろう。
「ねーアラハバキー」
「俺の名前それで決定かい」
「アラハバキはなんで空から降ってきたの?」
「無視かい。お前が『おーい、ネタ降ってこーい』とか言った所為だぞ、マジレスすると」
「嘘、じゃああんたネタなの?」
「かもな」
「じゃあネタと呼ぼう」
「マジで」
「アラハバキの方がよかった?」
「それは少し考えさせてもらおう」

 アラハバキは丸い土笛みたいな両手を組んで考えるポーズをとった。いや組めてない。組めてないよ。でもネタは必死で腕を組んでいる振りをしていた。

「……なあ、お前」
「なんだいネタ」
「俺の名前それで決定かい。いや、ちょっとコアルヒーのことを考えててな」
「何故そこでコアルヒー」
「まあ聞け。コアルヒーは似てると思わないか……その、あれに」
「あれ? ああ、似てるかもしんないね。なにせモデルが一緒だし」
「そうだ、そして……ドナルドというのは一介の男性名のはずだ」
「そうですね」
「そしてダックというのは普通名詞のはずだ」
「ですね」
「何故つなげると存亡の危機に関わるのだろう」
「知らないよそんなこと」
 何考えてんのアラハバキ。いやネタ。
「いや俺アラハバキって名乗っていいのかなって思って」
 迷ってたんだ。
「ところでお前のイーブイ、誘拐されたよ」
「えっうそっ」
 喉が裏返ったかのような不快な悲鳴を上げて、私は砂場を見た。アムがいない! 本当にアムいないし!
「いやー、さっき別の目で見たら黒ずくめの三人組が無理矢理押さえて連れてってさ」
「あんたそれすぐ言えよ!」
「ごめん、ちょっと著作権について考えてた」
「ああもう!」
 ネタを放っておいて、私はアムが連れ去られたと思しき方向へ走りだす。暴れた跡っていうか、ポケモンバトルの跡みたいのがばっちり残ってるからね。それを辿ればよし。
「おーい、俺(ネタ)を置いていく気か!」
「んなもん、アムが帰ってくるまで用無しだあ!」
 アムなしで執筆というか生命活動できるかこのやろおおお! って叫んだけど、後ろ振り返ったらアラハバキがばっちり付いて来てた。



 アムが暴れた跡を追ってくと廃工場に着いた。何と言うか、RPGゲームの序盤から中盤あたりに出てくる微妙に強いけど考えがセコくていつまでも三下扱いされる敵がアジトにしてて主人公たちが町の人の頼みで乗り込むような、いかにも! な廃工場。
「さて、どうする?」
「乗り込むしかないっしょ」
 アムがいるのに二も三も躊躇いもない。廃工場を取り囲む草茫々の地面に足を踏み入れる。工場の扉は蝶番が錆びて外れかけていて、誰でもいらっしゃいませ状態。
 私は迷わず中に踏み込む。埃がぶ厚い絨毯のようになってたり、蜘蛛の巣が張ってたりということは特になく、剥がれた天井の欠片が邪魔くさそうに廊下の隅に寄せられてるぐらい。誰かいるんだなー、と確信。捨てられた建物にしては綺麗すぎる。まあそれにしたってやっぱり汚い。こんな所にアムを連れ込みやがって、犯人ども見つけたらただじゃおかねえ。
 焼き物の先っぽみたいなのが私の背中の真ん中をくすぐった。
「ちょっ、くすぐったいからやめて」
「あそこだ」
 くすぐった張本人アラハバキは私の反応を見事にスルーして、ドアがなくなった一室を指差す。そこにアムがいるらしい。そろーりそろーり、足音を忍ばせて部屋の入り口に近付いた。
「なんだかスパイアクションっぽくてくすぐられるね、冒険心が」
「ばれるから黙ってろって」
 折角さっきの“くすぐったい”とかけたのに、文筆家心の分からんアラハバキめ。
 まあそれはそれとして部屋の中を覗くと、そこには黒ずくめのベビーカーとその中でぐずるこれまた黒ずくめの赤ん坊と

「キモクナーイ」

 そう言っていないいないばあをする……ラグラージの姿があった。

「キモクナーイ」

 赤ん坊の反応がないと見えて、もう一度いないいないばあをするラグラージ。今度は反応があった。耳に突き刺さるような泣き声。

 赤ちゃんに泣かれてしまって、ラグラージは目に見えてオロオロしだした。助けを求めるような視線の先には、これまた黒ずくめの男女が、ベビーカーから離れるようにしてつっ立っている。
 黒ずくめの男女は互いに顔を見合わせて頷くと、腕の中のものをラグラージに手渡した。
「アム!」
 飛び出そうとした私を、ネタの念力が押し留める。
「何してくれてんの! アムが……」
「あれを見てみろ」
 アラハバキがそっと顎で示し……分からんわ。あんたの顎どこだよ。とにかく私は室内をイライラしながら黙って覗くことにした。

 黒ずくめの男女はじたばたするアムをラグラージに押し付けた。ラグラージは心得た風で小さなアムを手の平に乗せるように抱きかかえると、そっとベビーカーの中の人にアムの顔を見せた。その途端。さっきまで工場を倒壊させんとばかりにわんわん響いていた赤ん坊の泣き声が、止んだ。
「どうやら、赤ん坊を泣き止ませるためにイーブイを誘拐したらしいな」
「む、誰だ!?」
 したり顔で解説したネタに、当然のごとく黒ずくめのツッコミが入る。
「怪しい奴め!」
「お前らの方が怪しいわ!」
「それは言わないでもらおう!」
 そこまで言うと、黒ずくめの男は一つ、黒ずくめの女は二つ、計三つのモンスターボールを取り出し、投げた。
「我々の崇高な目論見をガン見するとは……見逃すわけにはいかないな! 永久に黙っててもらおう。行け、ヒューイ!」
「あなたたちも手伝いなさい。デューイ、ルーイ」
 ボールから飛び出したのは、揃いも揃って同じマヌケ面を披露したコアルヒー。
「やれ」
 三羽のコアルヒーが私とアラハバキに飛びかかってきた。
「危ない!」
 ここでネタが機敏な動きを見せた。さっと私の前に回ると、リフレクターを繰り出してコアルヒーたちの燕返しを受け止めたのだ。
「やるねぇアラハバキ。じゃなくてネタ」
「だろ? これからはアラハバキって呼んでくれ!」
 ネタ改めアラハバキとコアルヒー三匹が距離を取った。アラハバキがコアルヒーたちから見て後ろ側の目で私に目配せする。
「あのコアルヒー、只者じゃないぞ」
「そうかなあ?」
「名前的に」
 そっちかい、とツッコム間もなく、次のターンが始まる。バタバタと飛び回るコアルヒーたちに、ネタがサイケ光線を連打する。しかし、的が小さくちょこまか動き回るから中々当たらない。
「もう、何やってんの。水飛行だからジオやりなさい、ジオ」
「だからゲーム違う」
 そう言いながらサイケ光線をチャージビームに切り替えるネタ。ノリいいじゃないか。

 なんだかんだ言いながらジオでデューイとヒューイとルーイを撃破。
「さて、アムを誘拐した罪、どうあがなってもらおうか……」
 黒服の男女は正座して俯いている。いかにも反省してますというポーズ。隣でラグラージもなるたけ小さくなってた。その奥のベビーカーでは赤ちゃん安眠中。
「ところでアラハバキ。黒ずくめの三人組って言ったけど」
「うん、三人組だろ」
 男と、女と、
「赤ちゃんも入れたら三人」
 まあ、何も言うまい。
 アムは私の足元で毛づくろいなんかしてる。もうこの場面でもかわいいなあこいつは。後足をほいって上げて耳をカショカショ掻いてんだよもうかわいい以外何も言えねえ。こんなにかわいいアムを砂埃まみれにしてくれた罰。
「砂埃まみれなのはそいつが砂場で遊んでたから」
 抗弁しかけた黒男を一睨み。それで男は黙る。
「いや、こいつの方が一理あると」
「アラハバキは黙って」
 さあ、どうしてくれようか。
「まず、なんでアムを誘拐したか、その理由は」
 私の声にビビったのか、男の肩がビクリとなる。ついでにいくらか萎んだみたいだ。全くこのくらいで、情けない。
「実は……」
 同じく小さくなっているラグラージを横目で見てから、話し出す。
「あの子の世話をラグラージに任せているんですが、ラグラージにあやされても全然、泣き止まなくなって」
 うん、そりゃ、赤ん坊泣くわな。目の前に怪獣が迫ってきたらな。
「夜泣きも酷くなってきて……妻とどうしようか、対策を話し合ったんです」
 男が黒女を見、彼女が話を引き取った。
「ラグラージはちょっと強面だから赤ん坊には刺激が強すぎるんじゃないか、イーブイみたいなかわいいポケモンがあやしてくれれば、夜泣きも治るんじゃないかって……」
「ちょっと待て」
 急にアラハバキが話を遮った。土笛に似た手を落ち着かなげにばしゅんばしゅん虚空に飛ばしている。
 アラハバキはいくつもある目をカッと見開いて、夫婦(だろう)黒ずくめに向かって言った。
「ラグラージがさっきからどうこうって、お前らのガキだろ? お前らがいないいないばあすればそれで収まるんじゃね?」
 夫婦は黙り込んだ。アラハバキの手が撃ち出されるぱしゅっという音だけが廃工場の内側に反響していた。

「だって……」
 気不味い沈黙を破ったのは、黒ずくめの男だった。

「うちの子は! うちの子は闇の帝王なんだよ! ポケモンに囲まれて育って、人間の干渉は受けないんだ! そうやって特殊な生い立ちで人の同情買ってゆくゆくは世界を背負って立たせようって魂胆なんだ! どうだ参ったかパンピーには真似できまい血の気が引くだろうあっはっはっはっは」
 どん引きです。
「というわけで! うちの子には人様が近付いちゃいけねぇんだよ!」
 某Nさんもびっくりな子育て法ですね。
 男が急に立ち上がった。目が妙に情熱的で純粋に恐い。その手には青と白のボールがあった。
「俺様たちの崇高な計画を邪魔されてたまるかあ!」
 男がボールを投げる。光に包まれて姿を現したのはスワンナ。
「いけ、ドナルド! 奴らを追い払え!」
 ドナルドの癖に白鳥かよ。
 廃工場の狭い一室の中を、暴風が荒れ狂う。アムを庇いながら後ろに下がる。承知した、とばかりにアラハバキが進み出た。
「頼むよ。一番いいジオをお願い」
「チャージビームだ」
 アラハバキはそう言って、雨と風の嵐の中へ突っ込んでいった。私の方に向けてた目が、心なしか笑ってるように見えた。



(死闘が展開されております。しばらくお待ちください)



 もうもうとバトルでモロモロになった建材のくずが立ち込める。汚い霧が晴れた時、立っていたのは

「アラハバキ!」
 私はダッシュ&ジャンプでアラハバキに飛び付いた。土偶ポケモンはいくつもある目を細めて、勝負に勝てた喜びを示した。ああ、もうボロボロじゃないか。でもよく頑張ったね、アラハバキ。
 と思ってたらアラハバキの体がガクンと傾いた。
「くそっ、俺ももう限界みたいだ」
 無駄に多い目を細めてあはは、と笑うアラハバキ。くそっそんなこと言うなよ死亡フラグじゃねえか。
 こん、とアムがズボンの裾におでこを当てた。何? と言いかけてハッとする。
 ズボンのポケットに入れたままの……
「アラハバキ! サイコソーダだよ。ほら、これで体力回復して」
「そりゃありがたい。ごきゅごきゅ……って何だこりゃ! ただの砂糖水じゃねえか!」
 ガン、とサイコソーダを投げ捨てるアラハバキ。体力は回復しませんでした。
「アラハバキ……」
「こんな時に不味いもん飲ませやがって……」
 甘いもの嫌いでしたか、ごめんなさい。
「まあいい」とアラハバキは言った。その顔はスワンナに向けられていた。
 訂正。その顔は三百六十度全方向に向けられていた。
「お前とのバトル、楽しかったぜ。……最初はヒューイデューイルーイときてドナ(事情により印字できません)ックじゃねえのかよ白鳥かよなんて思ったけどな……」
 アラハバキの体が淡い光に包まれる。私の脳裏にアラハバキの言葉が蘇る。
 ――ドナルドというのは一介の男性名、そしてダックというのは普通名詞のはずだ。
 ――何故つなげると存亡の危機に関わるのだろう?
「消えんな、アラハバキ!」
 私は必死に叫んだ。
「消えんな、根性出せよ! うっかりドナなんとかアヒルとか言った所為で消えるなんて、そんなの格好悪すぎだろ!」
「悪いな、俺の特性は浮遊なんだ」
「笑えないよ」
「なあ、物書きよ」
 アラハバキのたくさんある目が私を見る。ああ、こいつってこんな優しい目をしてたんだ。
「短い間だったが、楽しかった……俺はお前のネタになれたか?」
 涙を堪えながら、私はアラハバキの手を握る。あっ取れた。
 私は首を振った。
「アラハバキは……ネタなんかじゃない。私の大事な――」
 光に包まれて、消えた。
「アラハバキ!」
 アムが足元で、きゅう、と鳴いた。
 手の中に土笛みたいなあいつの手が残った。



 廃工場の外の方から、パトカーのサイレンの音が聞こえる。
 ふらふらと立ち上がりながら「警察が来た。もう逃げられないぞ」とお定まりの台詞を吐く。
「ちくしょう!」
 男はスワンナが入ったボールを床に叩きつけ、罵詈雑言をいくつか叫んだ。そして、私に飛びかかってきた。
「危ない!」
 コアルヒーの時のように、私を庇ってくれたアラハバキはもういない。しかし、その時とは別の影が私と男の間に立ちふさがった。
 それは、あの黒ずくめ女だった。
「あなた、もうやめて!」
 女のありがちな台詞が放たれると同時に、男が拳を振り上げた格好のまま固まる。女は頭を振ると、後を続けた。
「こんなこと、やっぱり間違ってるのよ……あの子をポケモンの子として育てようなんて。あの子は人間よ、私たちの子よ! 私たちが愛して育てるのが一番なのよ! それがパセリのためよ!」
「え、パセリ?」
「そうだな。俺が間違っていた」
「ちょっと待てパセリってなんだ」
「あなたなら分かってくれると思ってたわ……! そう、あなたは本当は優しい人だもの」
「パセリって赤ちゃんの名前ですか」
「そうと決まったら心を入れ替えて、パセリを育てていこう。俺と君とで……」
「あなた……!」
 ひしと抱き合う黒ずくめ共。あーあ、今日は暑いな。
「帰るか」
 アムを抱いて帰ろうとした矢先、警察の人と鉢合わせする。
「使われていない工場で何やら騒いでいると通報がありました。事情をお聞かせ願えますか」
 活劇のヒーローじゃあるまいし、現実なんてこんなもんである。はい、と警察手帳に頭を垂れて、いそいそと取り調べに向かいました。



「あーあ、今日一日疲れたね、アム」
 警察署を出ると、もう夕日が差していた。アムはそんなことはお構いなく、ボールの外に出られるのが嬉しいみたいで、尻尾をハチャメチャに振っている。
「アムったら」
 口の端に笑みを浮かべつつ、もう一匹、今頃ここに一緒にいたはずのポケモンのことを考える。
 ポケットに手をやる。大きめの土笛が入っている。
「あ、目にゴミが」
 わざとらしくそう言いながら目をこする。違う今のは本当に目にゴミが入ったんだ嘘じゃないよ。
「アラハバキ……」
 夕焼け空を仰いだ。もう蒼くなり始めている。
「あんな消え方しやがって……もっぺん降ってこい、ネタ」

 ひゅーっ、どごーん。

 ありがちな音を立てて、降ってきた。
「えっ」
「えっ、じゃねえよ。手ェ返せ手」
 片方の手がないネンドールが、残った手をビシビシ夕焼け空に撃っている。私がポケットから大きめの土笛を出すと「そうこれこれ」と言って肩に装着した。どこだよ肩。
「あの、なんで戻ってきたの?」
「もっぺん降ってこいって言ったじゃん」
「だからって本当に降ってくるか!? しかもこんなに早く!?」
「まー、それは言いっこなしで」
 アラハバキもといネタはケタケタと笑う。アムがビビってるよ尻尾下がってるよちょっと。
「あ、そういえば」とアラハバキが言った。
「何?」
「お前さあ、あの時なんて言おうとしたの?」
「どの時?」
「俺が消えそうになった時」
 そこまで言われて、はたと思い当たる。あの時、私はアラハバキの手を握りながら、
(私の大事な――)

「ええい知るかそんなこと! 忘れた!」
「まあそう言うなよ。私の大事な――何?」
「だから知らねえって!」
 意味のない言い争いを続けながら、当たり前のように同じ道を辿って帰る。
「でもさあ、あの時半泣きで」
「ああもう、タネ!」
「タネ?」
「そ」
 私はいくらか走って、アラハバキとの距離を開けた。そして振り返り、
「形になりそうな、大事な話のタネだって言おうとしたの!」
 私は走り出す。アムも一緒に。そんでもって振り返ったら、アラハバキがばっちり付いて来てた。



 後日、『パセリの冒険』というポケモンに育てられた黒ずくめの男の子がネンドールをお供に闇の帝王(実は父親)をやっつけに行く話を書き上げたが、それはまた別のお話。
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