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カクタス夜想曲
 ノクタス カカシぐさポケモン
 まよなか さばくを あるく たびびとの うしろを ぞろぞろと しゅうだんで くっついて あるく。つかれて うごけなく なるのを まっているのだ。

「マジかあ……」
 私はポケモン図鑑を持った手をパタリと下ろした。ポケモン図鑑のいけない所は、ポケモンの弱点とか急所とか、そういう実用的な情報が入っていない所だと思う。今、倒すことばかり考えていた気がするが、普段のブリーディングの指針に好きな食べ物欄でも追加しておいて欲しい。いや、やっぱりダメだ。「ノクタスの好きな食べ物 人肉」とか出てきた日には失せる。生きる希望とか色々、失せる。
 既に失せてる気もするけれど。
 ポケモン図鑑を閉じ、ウエストバッグに放り込む。水筒の水をひと口飲み、ため息をつく。再び歩き出した私の後ろから、砂を踏む音がする。それもひとつではなく。
 私が立ち止まると、足音も止まる。振り返ると、相も変わらずノクタスの群れが、月明かりの下、爛々と光る目を並べて私を見つめている。
 現実を認識しようとしつつ、逃避へ向かうため息が、私の口から吐き出された。こんなことになるなら、安請け合いするんじゃなかったな。
「ポケモン図鑑を君にあげるよ。その代わり、この荷物を砂漠の向こうの町まで届けてくれないかな」
 砂漠の手前の町で、旅立ったばかりの私に話しかけてきた、見た目は優しそうなおじさん。余りの旨すぎる話に、当然、私は警戒した。しかし相手もその程度では退かず、ポケモン図鑑は彼が旅をしていた頃に使っていた物だが、型落ちしているしもう使わないこと、ここの砂漠は広さもなく、野生のポケモンもレベルが低く修行にも良いこと、等々並べられて言いくるめられ、私は小さな包みとポケモン図鑑を持って、砂漠を縦断することにしてしまったのだ。
 途中までは調子が良かった。砂漠のポケモンは地面タイプばかりで、旅立ちの餞別に貰ったゼニガメの、いい修行になった。水鉄砲が出せなくなった時に、引き返すべきだったのだ。水鉄砲が駄目なら体当たりをすればいいや、くらいに軽く考えていた。違った。脱水症状だった。次にバトルに呼び出された時ゼニガメは、鳴き声を上げる間もなく昏倒し、見えない手で上下左右に振り回されているかのように震えだした。私は頭が真っ白になって、何をどう考えたのかゼニガメを抱えて逃げた。水・食料その他、旅に必要な諸々が入ったリュックサックをその場に置いて。
 そして、ゼニガメの入ったボールと貴重品の入ったウエストバッグをよすがに、町と覚しき方向へ歩き、気付いたらノクタスの集団に付け狙われている。
 ふーっ、と長く吐いた後悔のため息は、季節は春だというのに白く染まって消える。ゼニガメが倒れた時、リュックサックに入っていた大量の水を飲ませておけば良かった。逃げた後、そのまま進むんじゃなくて、戻ってリュックサックを拾えば良かった。後悔は尽きないけれど、何もかも、遅すぎた。こうなったら、もう、歩くより他になかった。ポケモン図鑑に書いている通りなら、ノクタスたちは私が「つかれて うごけなく なるのを まっているのだ」。歩き続ければ。町に着けば。私が脱水症状を起こすより先に。そうすれば、ノクタスの群れから逃れられる。
 ただ、砂を掻くように歩く。
 終わりは呆気なくやってきた。真っ赤に燃える太陽が顔を出した。あっという間に全身チリチリに焼かれるような感触を味わって、倒れた。待ち望んでいたように、ノクタスたちが砂を蹴って私の元へ駆け寄ってくる。真っ青な私の視界をノクタスの影が埋め尽くす。日陰で涼しくなって、そして、ノクタスの一匹が私に手を伸ばし――






 お姫様抱っこした。ちょっと何やってんの? と枯れた喉で叫んだ私の目の前で、ノクタスたちはどこ吹く風、ブルーシートを敷き布を敷き、その上に私を寝かせるのと同時進行で日除け布を貼っていた。与えられたスポーツドリンクをふた口ほど飲んでいる間にテント完成。それからドサリと音がして、見たら私が置いていったリュックサックが戻ってきていた。お次は皆で針金を持ったノクタスの所へ集まってシャベルで穴を掘り始めた。水を掘り当てた。万歳するノクタスたち。驚く私。周囲を掘って池を作り、きのみを植えて、オアシスの出来上がり。そこにいつの間にか私から強奪したゼニガメを投げ込んだ。ヒタヒタになって元気な顔を見せるゼニガメ。ゼニガメに回復効果のあるオレンやヒメリのきのみを与えるノクタスたち。唖然とする私。
 オアシスの水を満喫し、私の所へ戻ってきたゼニガメの顔に、倒れた時の干からびた感じはもうなかった。
「ごめんね、ゼニガメ」
 それから、
「……ありがとう、ノクタスたち」
 それからの道中は楽なものだった。ノクタスたちがいるから野生のポケモンは出てこないし、リュックサックに入れていた水と食料は既に漁られた後だったが、ノクタスたちが用意してくれるのでその心配もない。むしろ重たい食料が失くなった分荷物が軽くて楽なくらいだった。しかし、こうなったのはそもそも自分の行動のちゃらんぽらんさが原因な訳で、だから、ノクタスたちが頻りにきのみを勧めてくれたり、荷物を持とうとしたりするのが、何と言うか、肩身が狭い。ゼニガメは勧められた先からバクバク食べていた。
 町のゲートが見えてきた。ノクタスたちが立ち止まる。ここでお別れなのだと察し、私も手を振った。
「さよなら」と言うと、向こうも手を振り返してきた。何故だか込み上げてきた涙を拭って、町のゲートまで数メートル、最後のスパートを掛けた。
 そして急ブレーキを掛けた。
「やあ、また会ったね、君」
 町の入り口に、非常に見覚えのあるおじさんが立っていた。忘れもしない、砂漠の縦断をそそのかしたポケモン図鑑あげるよオヤジ。何平然と笑っているのだろう。怒りが込み上げてきた。
 そんな私の様子は気にも掛けず、詐欺オヤジはとうとうと喋り始める。
「あの包みは持ってきてくれたかね? いや結構! それは君への餞別だよ。中身はなんと、最新の万能端末ポケフォンだ。使い方はおいおい慣れてくれたまえ」
「ちょっと!」
 そのまま百万年でも喋り続けそうなオヤジの言葉の間隙を狙って、私は声を上げた。オヤジは不可思議そうに、目を丸くする。
「なんだい?」
「レベルの低いポケモンしかいない、なんて嘘だったじゃない! ノクタスが」
「ああ、私のノクタスたちに会ったのかね。何を隠そう、あの子たちは私が訓練を施したその名も、ノクタスレンジャーさ。無計画に砂漠に突っ込んで死にかける馬鹿なトレーナーを救助する役割を」
「馬鹿は余計だ!」
 オヤジの顎にスカイアッパーが決まった。オヤジは悶絶して、黙らなかった。
「私、嵌められてたんじゃないか!」
「甘い話には裏があるということでね」
 私の顔は今、真っ赤だろう。騙されたとはいえ命は助かったし、教訓話と思えばポケモン図鑑とポケフォン付きはお得なもので。しかし腹は立つ。
「もう、今度何か運べっつっても運んでやんない! おじさんの言う事なんか信じてやんないから!」
 最早子どもの戯言みたいな支離滅裂な文句になりつつ、しかし何か言わずにはおれず。
 周囲の人々はというと、この町ではよくあることらしく、軽い笑いでもって私を見守っている。
「もう知らない!」
 我ながら意味の通らない捨て台詞を吐いて、もう恥ずかしいったらありゃしない。兎にも角にも、逃げるように、私はその町のポケモンセンターへとダッシュした。

 ノクタス カカシぐさポケモン
 まよなか さばくを あるく たびびとの うしろを ぞろぞろと しゅうだんで くっついて あるく。つかれて うごけなく なったら きゅうじょ するのだ。
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