二人のクリスマス
某月某日。恋人たちがロマン溢れる時を過ごす聖なる夜。
町に出れば、デリバードと、オドシシやギャロップや、冬の装いのメブキジカを組み合わせた絵があちらこちらに。そこかしこのお菓子屋がこの日のための特別なケーキを作り、肉屋は七面鳥を用意し、レストランに入れば素敵なディナーが待っている。
それが拝金主義のせいだと口では言ってみても、心のどこかで、素敵なことが起こらないかなと期待させられてしまう、そんな日。
空から白い精霊がやって来て、寂しくない人々にはおあつらえ向きのホワイトクリスマス。精霊は地面に積もらず溶ける一方で、先へ急ごうと逸る足を空回りさせる。
意地悪な冬の地面の上を、キランは出来るだけ急いで歩いていた。
雪のせいで足が滑るのだけれど、そんなことは言っていられない。夕方、上司の女性からメールが届いたのだ。
『今すぐ来い』
本文には場所と、さっさと来いと念押しの言葉。
期待なんかしていなかったのに。
夕方にメールを受け取って、すぐに待ち合わせ場所に向かえば丁度ディナーの時間だと気付いてしまう。
なんだか今日はいい日になりそうで、冷たい雪も、滑る地面も、これから起こることをより盛り上げるための演出に思える。雪が冷たいのは期待で上昇する体温を感じさせるため、地面が滑るのは自分を焦らすため。昨日まで見かければ寒い寒いと文句を垂れていた白が、今日はロマンティックを運ぶ精霊である。
待ち合わせ場所に着き、手を振る。彼女の姿はすぐに見つかった。
彼の上司――カミサカレンリはかったるそうに手を肩の辺りまで上げる。いつものダークコートと白のカッターシャツ姿に、髪に入れたメッシュと同じ紅色のマフラーが加わっている。
今日はバチュルを肩に乗せていない。なんだかキランは嬉しくなった。
「遅い。さっさと行くぞ」
そう言って、彼女は早足で歩き出す。
「どこへ行くんですか?」
その後を追いながら、キランが問いかける。
レンリはすぐそこにあるホテルを指差す。そのホテルの最上階には三つ星のフレンチレストランがある。
「地下駐車場で闇ポケモンの取引があるらしい」
……雪が、冷たい。
「はい、分かりました」と答えてキランは彼女に付いて歩く。
紅色のマフラーからバチュルが顔を出した。暖かそうだった。