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紅花日々是(表)
 一.どうでもいい話

 居酒屋行った時に「ゼクロムとレシラム、どっちがいい」みたいな話になって、レシラムって答えたら、「カミサカだったら理想追い求めてゼクロムって答えると思ってた」ってなことを異口同音に言われた。
 だってゼクロムごついしレシラムふわふわしてるし。挿絵で見た限りだと。って言ったら「ふわふわしてるのが好きなんだ、意外」って言われた。別にいいだろ、好みだし。
「じゃあエルフーンとドレディアどっちが好き」って聞かれたから、エルフーンって答えたら「じゃあなんでドレディア連れてんの」とか言われた。余計なお世話だ。


 二.どうでもいい話

 職場の同じ部屋の人が、よく自分のエルフーンを部屋に置いたままどっか行く。捕まえようとするんだけど、こいつが中々素早い。白い綿埃だけ残して腕の中から消えてしまうし、でもバチュルの糸なんかで絡めたらもこもこがべちょべちょになってしまうし。
「ぷめぇー」
 ってやってたらその主人が帰ってきた。慌てて自分の席に着く。
「また遊んでたんですか、レンリさん。ちゃんと仕事してくださいよ」と怒られた。
 私が何か言う前に、「ウィリデの綿が散らかってますから、分かります」と渋い顔で言われた。そのウィリデはもこもこフォルムで彼に軽いタックルかましてる。いいなーふわもこ。

「なあ、ウィリデちょっと抱っこさせろ」
「机に書類が積んでありますけど」
「抱っこしたら片付けるから」
 そう言ったら彼は渋々、ウィリデをこっちに寄こしてくれた。もこもこ綿羊が膝の上に来る。わーいもこもこ。

 もこもこ。
「……」
 ふわもこ。
「……」
 もふもふ、むぎゅう。
「……仕事は?」
 もうちょっとしたらやる。


「そんなにエルフーン好きなら交換してもらえば、ドレディアと」とか言われた。「あいつカミサカの言うことならほいほい聞くよ」とも言われた。みんなドレディアとウィリデのトレーナーに厳しい。

 でもとにかく、交換する気はない。


 三.ドレディア育成論

 ナンは美人さんだ。

 ナン、というのは私のドレディアの名前。
 ドレディアというのはなべてデリケートで、世話が大変なポケモンだ。少しでも気を抜くとすぐに頭の花が色褪せてしまう。そのくせ花を美しく咲かせるには、たくさんの労力と時間が要る。ブリーディングが目に見えて分かるポケモン、とも言える。

 何が言いたいかと言うと、ドレディアを美人さんに保つのは非常に大変、ということだ。

 だから、ナンが美人さんなのは、ちょっと自慢。

 公園をナンと散歩してても、わあ綺麗、とか、ちょっと絵のモデルになってくれませんか、とか、よく話しかけられる。それこそうちのエルフーンと交換してくれませんか、と言う人もいるけど、それは断る。

 大事な、彼女だから。


 一度、見るからにトレーナーとしてのレベルが低い男に、「ドレディア交換してくれよ」としつこく言い寄られたことがあった。
 ポケモンの交換というのは婚姻に似たところがあって、すなわち、「いい加減な男のところにおいそれと自分の娘はやれん」……とまあこれは受け売りだけど。
 だから「嫁にはやれない」と言おうとして間違えて「嫁はやれない」と言ったらみんな爆笑して、それでうやむやになった。


 四.出会いとか

 私のパーティには、草も炎も水もいない。
 それに気付いたある人が、「猿いいよ、猿」と進言してくれた。
 ヤナップ、バオップ、ヒヤップ。彼らは森に住んでいる。見つけにくいが、探せば見つかる、とのこと。

 早速、その次の休みを利用して、矢車の森まで足を伸ばした。


 森の中のメインストリートとでも言うべき、森を抜ける為の広い一本道を歩いている間は、明るく、ポケモンの気配の少ない森だと感じた。

 しかし、それは表向き。一本道から外れ、森の奥へ踏み込むと、途端に辺りは薄暗い、不親切でよそよそしい森へと変わる。
 足元が押し固められた砂から柔らかい腐葉土へ変わり、スニーカーの底の部分が少し埋もれる。草いきれが急に濃くなった。行く手を遮る枝を脇に除け、進もうとしたその鼻先をマメパトが横切っていった。矢車の森は、ポケモンの気配で充ち満ちていた……浮かれているような甲高い猿の鳴き声も、遠くで聞こえる。

 奥に行く。驚いたチュリネたちが茂みの中へ飛び込んで、隠れる。こちらを興味津々、窺うものもいる。チュリネたちも草タイプだけど、とりあえず、「猿」と言われたので猿を探してみた。

 途中、チュリネやモンメン、マメパト、フシデといったポケモンはよく見かけた。でも猿ポケモンはちっとも見かけなかった。茂みを探ってみると、昼寝を楽しんでいたクルミルが跳ね起きて逃げていった。
 かなりの間歩き回ったが、猿の気配だけは一向にしなかった。猿いないのかな、と思って立ち止まった。その時だった。

 白くて丸い何かがこちらに向かって飛んできた。

 茶色の体を包むような、大きな綿の塊。オレンジ色の丸い目が一瞬、私を強く見つめた。
 突然の出現に反応の遅れた私の横を、エルフーンがふわりと通り過ぎた。
 慌てて体の向きを変えようとして、木の根と下草に邪魔される。
 右足に絡みついた植物を払った時、もうエルフーンの姿はそこにはなかった。まるで風の精霊のように、ふわりと来てふわりと姿を消していた。

 けど、風の悪戯の痕が、ふわもこと。

 道なき道の続く先に、白いおぼろげな綿毛が落ちていた。私は惹かれるように、風の落ちた方へ踏み込んだ――奥へ。

 進む内に、森を作る樹木が太く、重いものに変化する。森の影は濃く深くなり、葉と葉が幾重にも重なり合って、木漏れ日は心許ない数粒の光条になる。最初は幾人も通った跡があった獣道も、先に行くにつれて、細い、蛇の這いずり跡みたいになってきた。
 道なき道を、エルフーンを探してずんずん進んでいた。猿のことは頭から吹っ飛んでいた。エルフーンは草タイプだし、進化形だし、もこもこしてて可愛い。見つけてゲットしようと意気込んでいた。


 そして、彼女を見つけたのだ。


 鬱蒼とした森の中で、そこだけ光が差し込んでいた。
 腐葉土と木の根が積み重なってできた森の土の中で、その場所だけは、白亜の石舞台が姿を見せていた。
 陽の光は石舞台の上で弾け、踊り、摩訶不思議な円をいくつも描いた白亜のそれは、ぼんやりと、光を発していた。

 その舞台の上で、小さな影がひらり、踊る。
 右へ左へ手前へ奥へ、あちらの円からこちらの円へ、光を撒きながら、飛ぶ。
 目に痛いほど鮮やかな深紅の花を掲げた、一匹のドレディア。
 葉であしらえた衣装を纏い、彼女はたった独りの舞台で、ただ踊っていた。無心。
 あちらの円からこちらの円へ、光を撒きながら、飛ぶ。
 真っ白に陰影を付けただけの無口な舞台に、緑と深紅の彼女の姿が、溢れんばかりの生命を注ぎ込んでいる。

 森も風も何もかも、彼女の舞を静かに鑑賞していた。

 光が散る。光を集める。彼女の深紅が見る者の眼に軌跡を残す。
 いつしか、彼女の方が光っていた。舞台はただ主役を引き立てる影となり、森の影に隠れた。光りながら彼女は、ただ踊っていた――


 淡い光の衣を纏った彼女が、不意に動きを止めた。
 深紅の、奥底の見えない妖精のような目が私を見る。

 私は石舞台に上がった。彼女だけを視界に収めて、他の景色は何も見えていなかった。


 私は彼女に手を差し伸べる。その手の上に、彼女の葉のような手が、光りながら乗った。
 少しの間、私はどうしていいか分からなかった。ただ、何かを促すような彼女の目に頷き、ひざまずいて、彼女の手の甲――なおも輝き続けるしなやかな葉に口づけをした。

 そして、彼女は私のポケモンになった。

 エルフーンを探していたけど、実際に好きになったのはドレディアの彼女だった。
 縁があって、素直に嬉しく思っている。


 五.もこもこな試練の話

 一時期、ウィリデを預かっていたことがあった。その事情は省く。
 エルフーンはもこもこしてて可愛いけど、いいことばかりでもなかった。
 ドレディアのように手がかかるわけではない、が、無断で通気口に突っ込んだり、綿埃をまき散らされたりして、困る。特に綿埃。一週間でゴミ袋三つ分も出されては困る。
 叱ろうとすると、ぷめぇ? と鳴いて空とぼける。躾が悪い。

 ウィリデのいたずら心の酷さは、それはそれとして置いておく。

 ただ、ウィリデがいる間、ナンをボールから出さなかった。
 ウィリデのボールを持ってなかったので、綿羊は外に出しっ放し。そこにナンを放り出して、うっかりタマゴなんか作られたら、世話が大変だから。


 そんなわけで、一週間ウィリデと暮らした後、久しぶりにナンをボールから出した。花の様子は変わりなかったが、不機嫌そうだった。
「ずっと私がウィリデの相手をしてたから、か?」
 そう尋ねると彼女は小さく頷いて、葉っぱでできた腕を私の腕に絡ませた。
 よほど寂しかったらしい。少し、泣いていた。デリケートな彼女の気に障らないよう、頬に軽く指を当てた。
「ごめん。これからは、ちゃんと面倒見てやる」
 そう言ったら、ナンは顔をほんのり赤くした。喜んでる、多分。

 そして後に綿入りゴミ袋が残った。布団屋に持ってって布団にした。ふわふわ。

 けどナンに捨てられた。


 六.いつにも増してどうでもいい話

 再度、居酒屋。ナンを膝に乗せてアテを突っついていた。
「そういやカミサカさんってちょっと百合っぽいよね」と小声で言われていた。聞こえてるぞ。
 百合? と考えてすぐ、思い当たる。ああ、ドレディアのことか。ゾロアークっぽいと言われたことはあるが、ドレディアっぽいははじめて言われた。
「手持ちのドレディアのことよく『彼女』って呼ぶし、特別可愛がってるみたいだし」
 ドレディアは他のポケモンより手間がかかるから。そう言うと、何故か向こうは苦笑い。

「カミサカってさ、バレンタインに女の子からチョコ貰うタイプだろ」
「まあ、そうだが?」やっぱり、と相手は我が意を得たり、みたいな顔をする。何故急にバレンタインの話になった。
 と、別方向から「女の子に告白されたことって、ある?」
 何故ドレディアっぽい、という話からそういう話に飛んだのだろう。おつまみのイカを食べつつ、「ある」とだけ答える。
 途端に座が蜂の巣でも突っついたみたいな大騒ぎになった。隣で「うっそマジで!? 俺告白されたことすらね−」と鼓膜が破れそうな大声を出された。うるさい。

「カミサカってさ、やっぱりエルフーンよかドレディアの方が好きなんじゃないの?」
 前にもこの質問されたな、と思いながら「いや、エルフーン」と答えた。えーっ、と絶叫に似た声が上がる。
「でもドレディア大切にしてるじゃん!」

 反論しようかと思ったが、周囲が騒々しくて大声を出すのが馬鹿らしいので、やめた。

 好みのタイプを好きになるとは限らない。
 ナンが袖を引っ張ったので、彼女と二人、お先にその場を抜け出した。
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