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ある記者の取材メモ
 (1)
 怖い話、とは少し違うかもしれませんが。
 ポケモンバトルの途中、お恥ずかしいことですが、集中が解けて、気持ちが緩んで、ふっと窓に目がいきました。すると、まるで豪雨の中を走り抜けてきたかのように、窓の外が濡れていたんです。
 窓の外のそれは、水滴が細い筋をいくつも引くような、そんな生易しいものではありませんでした。水の膜が張り付いて、電車が丸洗いされているかのよう。それも、もう確実に地下のことで、トンネルに据え付けられた照明が、一定間隔に、その輪郭を水に歪ませながら流れていくのが見えたのです。
 そのバトルは勝って、次のバトルでひと区切りでしたが、矢も盾もたまらなくなって。棄権してすぐさま折り返しのギアステーション行きへ乗りこみました。
 そうして無事に戻ってこられたので、今こうしてコーヒーを飲みながら喋っているというわけです。
 にしても、あのまま乗り続けていたら、どうなっていたのでしょうね。


 (2)
 バトルサブウェイは表沙汰にしてませんが、実は行方不明者が多い。そんな話、聞いたことありませんか。
 私が聞いたのは、その続きの話です。
 地下鉄で行方不明になるほどバトルに嵩じたトレーナーは、しかし、順調に勝ち続けることはできませんでした。負けたトレーナーはギアステーションへ戻る電車を待ちながら、延々と考え続けます。
 さっきのバトルのどこが悪かったのだろう。技の選択、交代のタイミング、相手の技の読み違え。バトルレコーダーの狭い液晶に鼻が付くほど、バトルの流れを見て考えます。どこが悪かったのだろう。あるいはこの、唐突に目の前で始まったバトルに得るところがあるだろうか。技のタイミング、トレーナーたちの呼吸、負けたトレーナーは目近で繰り広げられるバトルから、少しでも多くの糧を得ようとします。車輪を回しながら。その糧を活かす次のバトルがないことを知らずに。自分が電車になったことにも気付かずに。
 勿論、ただの噂話ですよ。バトルサブウェイの車両は耐用年数の割によく保つのだなといった、些細な疑問に尾鰭が付いたようなものです。それよりも、負けたらサブウェイで延々チャレンジャーを待ち続ける、モブトレーナーになる話の方がお馴染みでしょうか。勿論、それも噂話ですが。


 (3)
 聞いた後で、やっぱり勘違いなんじゃないか、って言われそうな話ですけど。
 この間、サブウェイに挑んだんです。七連戦を連勝して。七戦目の時に、なんだかおかしいな、とは思ってたんですよ。でも、バトルが終わって、気が抜けまして。端末があったから、いつもの癖でそこに行って、ポケモンを回復して。そしたら表示が出たんです。
「次は8戦目です。準備はいいですか?」
 冷水をかぶせられたような気がしました。寝ていたわけではないですけど、起きたような、たとえば突然目の前に色違いのポケモンが出てきて、ボールを投げる前にそれが色違いかどうか確かめるような、そんな心地でした。
 私はいつもの癖で「続ける」を選びそうになった腕を下ろしました。そして、恐る恐る、目を皿のようにして選択肢を確かめながら、リタイアを選びました。
 折り返しの電車は、すぐライモンに着きました。駅から出て太陽の光を浴びた時、あんなにホッとしたことはなかったと思います。
 あの時、八戦目に進んでいたらどうなったんでしょう。なぜあの電車だけ、八両だったのでしょう。そもそも、どうしてバトルトレインって七両編成なんでしょうか。


 (4)
 人によっては、それだけ、と思う話です。
 私は二十八か、とにかく七の倍数回勝って、次の七連戦に挑戦する電車を待っているところでした。
 ホームの椅子に掛けて待つ私の目の前に、重たげな車体を転がして、電車がやってきました。外装が暗いのは照明のためばかりでなく、車体自身が暗い色のためでした。バトルトレインのどこか開放感のある車体とは、どこかが大きく違いました。窓が小さい所為だったのでしょうか。
 その窓から中を覗き込むと、そこには、ドラマのセットでしか見たことのないような、華美な曲線を描くマホガニー色の机と椅子がありました。その近くには同じ色の寝台。寝台の上には細かなペイントのされたモンスターボール、寝台の下、床との隙間には小ぶりなトランクケースが置いてありました。コパートメントに収められた、小さなホテルの一室のようだと思いました。
 シャッ、と内部からカーテンを引かれて、私は電車から一歩退きました。すると、それを待っていたかのように、電車のドアが閉まって、ゆっくりと走り出しました。
 それから、バトルサブウェイには何度か挑戦していますが、豪華な寝台列車を見たのは、この一度きりです。


 (5)
 これはさして怖い話でもないんですが。
 真ん中あたりの車両で、バトルで勝った後、ちょっと休んでたんです。シートに体を預けて、向かいの窓の外を眺めながら、僕が休んでてもバトルトレインは走り続けるんだなあって思って、まあぼんやりしてましたね。戦った相手もすぐそこに座っていたんですが、特に喋りもせず。
 そしたら、不意に次の車両に続くドアが開いたんです。僕はてっきり、休んでたから車掌さんが急かしに来たのかと思いました。けれど、そこを通って来たのは、ワゴンを押したおばさんでした。飲み物や食べ物を満載したワゴン。車内販売でした。
 おばさんが僕の側を通る時に、何か買いますか、と聞かれました。何があるのか尋ねたら、おいしい水とかサイコソーダとか、あと、能力アップ系の栄養剤がたくさん。それがね、また値段が安かったんです。タウリンとかブロムヘキシンとかが、千円くらい。思わずまとめ買いしてしまいました。車両にいたもう一人は、何も買わなかったようですけど。
 その後は、普通に次の車両に進んで、バトルして、でもまとめ買いで気が弛みました。負けて、ギアステーションに戻りました。
 で、後で知ったんですけど、バトルサブウェイは車内販売ないんですね。もう使っちゃったんですけど、特に異常もないし、大丈夫ですよね。


 (6)
 ポケモンバトルでは集中して、とは当たり前ですが、この話を聞いてから、集中なんてできやしない、と思うようになりました。ええ、この話は伝聞です、恐縮ですが。
 バトルサブウェイには魔物がいるそうです。
 ここ一番の勝負で“ぜったいれいど”が三回当たっただとか、そんな類のものではありませんよ。ただ、線路の先で大口を開けていて、電車ごと呑み込んでしまう。そんな魔物がいるそうです。それはバトルに取り憑かれ、サブウェイに挑み続けた人間の成れの果てで、あまりの執着にバトルトレインごと食ってしまうのだとか。
 魔物から逃れる術はないそうです。バトルに集中していて、気付いたら呑まれている、と。
 もし幸運にも呑まれる途中で気付けば、逆向きの電車で出られるそうですが、無理ですよねえ、そんなの。


 (7)
 怖い話ですか。だめですよ、記者さん。怖い話は七つ集めると七不思議になって、えっと、七不思議を全部集めたらだめなんですっけ。えっと。
 じゃあこういうのはどうでしょう。
 ギアステーション名物ギアステバーガー。怖いくらいに美味しいです。っていうのはだめですかね。
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